「チー牛」「こどおじ」がネットで流行る背景について

最近、ネットで「チー牛」や「こどおじ」という言葉をよく見かける。

掲示板やコメント機能がついているサイトでは見かけない日がないくらいだ。

「こどおじ」に関しては「子供部屋おじさん」の略なので、意味を知ってる人も多いだろう。

ただ、「チー牛」に関しては「こどおじ」ほど浸透してないと思われる。

知らない人のために補足しておくと、この言葉は決して良い意味で使われる言葉ではない。

端的に言えば、典型的な陰キャ顔(イケてない人)を称した意味で用いられる差別用語である。

今回は、この「チー牛」や「こどおじ」という言葉について、私なりの思いをつづりたい。

「チー牛」や「こどおじ」が流行る背景

正直に言って、私はこんな言葉が流行っている現代の風潮が悲しくて仕方がない。

チー牛が流行る前に「子供部屋おじさん」という言葉が流行った。

当初は一部の人間にしか通じない言葉だったが、今では日常会話で通じるほど定着しつつある。

もしかしたら、今後は「チー牛」もそうなるかもしれない。

ただ、それは決して喜ばしいことではなく、この国がさらに不幸になった証拠でもある。

「チー牛」「こどおじ」これらの言葉にも共通することは、ネガティブ要素が非常に強い、ということだ。

相手を見下し、蔑む。

言葉の意味は違えど、中身は一緒である。

一体なぜ、こんな言葉が流行っているのか。

それは、心が満たされていない人が多いからだろう。

自分が満たされていないから相手を見下し、蔑むことで心の隙間を埋めるのだ。

もし、世の中に心が満たされている人が多いなら、こんな言葉が流行るわけがない。

つまり、この言葉が流行る背景には、幸福度が低い人が多い、ということを意味しているのだ。

私はこうした背景を想像すると、これらの言葉を見る度に悲しくなる。

レッテルを貼る心境

「チー牛」や「こどおじ」の件で、私は日本にはレッテルを貼る人が多いのだと改めて確信した。

レッテルを貼ることで、相手に間接的に自責の念を持たせようとする。

言ってる方はネタのつもりで安易な気持ちで使ってるのだろうが、言われる側は心を痛める可能性が高い危険な言葉だ。

ネガティブ思考が強い人なら、「自分はダメな人間なんだ」とさらに自分を卑下してしまうだろう。

もし、この記事を読んでる人の中に、面白がって使ってる人がいたら、今後は絶対にやめてもらいたい。

あなたのその発言が、誰かを傷つける結果になることを忘れないでほしい。

そして、私がもう一つ不思議に思ってることは、こうしたレッテルを貼られる対象は、決して他者に迷惑を掛けているわけではない、ということだ。

「チー牛」という言葉の由来は、すき家で三種のチーズ牛丼を頼んでそうな顔、という意味合いから取られている。

つまり、すき家のチーズ牛丼を頼んだだけでも、レッテルを貼られてネタ扱いされてしまう可能性があるのだ。

純粋にすき家のチーズ牛丼が好きな人にとってはたまったものではない。

販売しているすき家にとっても風評被害である。

「子供部屋おじさん」にしても、今でこそニートの意味合いで使われているが、本来は大人になっても一人暮らしや結婚などをせずに、子供の頃と同じように実家で暮らしている人、という意味だ。

普通に働いて収入もあり、ただ実家に暮らしているだけなので、本来は批判される要素はない。(国の視点からすれば独身は歓迎されないかもしれないが)

しかし、それでは面白くないので、「大人になっても実家に暮らしてる人」を一括りにして叩いているのだ。

要するに、レッテルを貼って他者を貶めたい、という思いが先行して、少しでもレッテルが貼れそうな対象が現れれば食いつく、という状況である。

これも前述したように、心が満たされていないからこそ起こる現象だろう。

しかし、他者を貶めたところで、自分の生活は変わらない。

そんなことに時間を使うなら、少しでも自分の生活を良くするために動いた方がよほど建設的だ。

他者を貶めても決して幸せにはなれない。

自分を幸せにできるのは自分だけなのだから。

一人でも多くの人がそのことを気づいてくれることを願っている。

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